世界五大医学雑誌であるLancetによると腰痛患者数は全世界で6億3200万人もいるそうです。日本では1000万人いると言われています。
アメリカでは腰痛治療に年間1000億ドル以上も費やされており社会問題にもなっています。
腰痛には「急性腰痛」と「慢性腰痛」があります。
腰痛の症状が出てから一か月以内であれば「急性腰痛」、三か月以上続く場合は「慢性腰痛」と分類されます。
また原因が特定できる「特異的腰痛」、原因が特定できない「非特異的腰痛」にも分類されます。
「特異的腰痛」には腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腫瘍、感染、腹部大動脈瘤破裂などが含まれます。
「特異的腰痛」は腰痛全体の15%に過ぎません。残りの85%は「非特異的腰痛」。つまり原因不明です。
MRIやCTで検査しても異常は見つかりません。
慢性腰痛のほとんどが原因不明の「非特異的腰痛」と言われています。
原因がわからないので適切な治療が難しく、多くの人が慢性的な腰痛で苦しんでる現状があります。
しかし近年、その原因が痛みのある腰ではなく「脳」にあることが様々な研究でわかってきました。
脳には身体の痛みを抑える部位が存在します。
慢性腰痛の人達はこの痛みを抑える脳の部位が、継続的な精神的ストレスなどで機能しなくなっているのです。
精神的ストレスや精神状態が身体の痛みを増幅させたり、小さくさせることは以前からわかっており、脳科学の発展によってそのメカニズムが解明されました。
メカニズムを簡単に説明すると精神的ストレスや精神状態によって、脳の中にある痛みを抑える部位のスイッチがオンになったりオフになったりするのです。
腰痛に限らず、肩こりや首の痛み、頭痛や腹痛も同じ原因で生じることがわかっています。
精神的ストレスを強く感じると頭が痛くなったり、肩が凝ったりという経験をしたことがありませんか?
その痛みは精神的ストレスによって痛みを抑える部位のスイッチがオフになったことが原因なのです。
実際にアメリカやオーストラリアでは、精神的ストレスの軽減や精神状態を安定させる方法を慢性腰痛の患者に実施しています。
代表的なのはうつ病を始めとする精神疾患の治療などで用いる「認知行動療法」で、一定の成果を上げているそうです。
数年前にオーストラリアのペインクリニックで働く医師が、マインドフルネスを学びに当研究所を訪れてくれました。
その時に慢性腰痛は身体にアプローチする物理的治療から心にアプローチする精神的治療にシフトしているという話しなどを聞きました。
マインドフルネスも慢性腰痛に有効な治療法ということで、その医師はマインドフルネスを学びに来られたのです。
マインドフルネスが医療に導入されたのは、慢性疼痛の患者へのアプローチが最初です。
導入したのは、マインドフルネスの第一人者であるカバットジン博士。
博士は自身の瞑想経験から、マインドフルネスの実践や瞑想が身体の痛みに有効と確信していました。
慢性疼痛の患者へのアプローチではかなりの成果を上げたそうです。
精神的ストレスが身体の痛みを誘発するのであれば、マインドフルネスの実践や瞑想が慢性腰痛に効果があることは、脳科学の研究結果を見なくてもわかることです。
私自身もぎっくり腰の経験が何度かありますが(車に撥ねられてから起こるようになった)、マインドフルネスの実践で痛みを軽減し1時間程度で日常生活を難なく送れるくらいに回復させています。
マインドフルネスの個人レッスンや講座を受講している方の中にも、長年悩んでいた腰痛や肩こり、頭痛が軽減したという声を多く頂きます。
MRIやCTで検査しても異常が見つからず、どんな治療を受けても効果が感じられないという人は、心にアプローチをした方が良いのかもしれません。
心へのアプローチは認知行動療法やその他の心理療法でも良いと思いますが、日本で身体の痛みに心理療法を用いる病院やクリニックはほとんどありません。
理解のある医師と出会うか、自分自身で勉強し取り組むしかないのが現状です。
私の経験上では、認知行動療法などの心理療法よりもマインドフルネスの方が効果が高いと考えています。
慢性腰痛の原因はもう一つあります。それは継続的な筋肉の緊張です。筋肉の緊張状態が続くことで痛みが生じるのです。
マッサージを受けると痛みが改善した経験はありませんか?
マッサージを受けると痛みが改善する理由は単純で、固くなっていた筋肉の緊張が解れるからです。
お風呂に入ることでも痛みが改善することもあります。筋肉には温めると緊張が解けるという性質があるからです。
ストレッチやヨガも筋肉を柔らかくするので痛みの改善に有効です。
筋肉が慢性的な緊張を起こす理由は2つあります。「精神的ストレス」と「身体の使い方」です。
精神的ストレスは筋肉を緊張させます。
精神的ストレスは生存への脅威です。脅威へ対処するために身体を固くさせて備えるのです。
仮に精神的ストレスなどによって筋肉が緊張したとしても、緊張が解れるのであれば何の問題もありません。
しかし現代はストレス社会です。
継続的な精神的ストレスを受けやすく、ストレスのケアも追いつかないことがあるでしょう。
筋肉の緊張がなかなか解れない環境に私たちは置かれているのです。
また痛み自体がさらなる精神的ストレスを生み出し、痛みの悪循環に導くことがあります。
「この痛みはいつまで続くのだろうか?」「何か重大な病気のサインでは?」「明日の仕事に響いたら嫌だな」といった思考が精神的ストレスを増大させ痛みをさらに生じさせます。
筋肉が緊張するもう一つの原因は身体の使い方です。
日常生活での身体の使い方が悪いと筋肉に負担がかかり固くなるのです。
日常生活の身体の使い方とは自分では意識しない姿勢や歩き方などのことです。
歩き方が悪いと膝周りの筋肉が緊張します。
その結果、膝の靭帯や関節に負担がかかり膝が痛くなるのです。姿勢の悪さもこれと同じメカニズムで肩や腰の痛みを招きます。
ヨガや筋トレをすると一時的に腰痛や肩こりが治る人がいますが、それは姿勢や身体の使い方が矯正されたからです。
街中で多くの人の歩き方や姿勢を観察すると9割くらいの人が間違った姿勢や歩き方をしています。
若い時はまだ良いですが、姿勢や歩き方を矯正しないと歳を重ねるほど腰痛のリスクは上がります。
身体の使い方を矯正するためにヨガや筋トレも良い方法ですが、マインドフルネス瞑想の一つである「ボディスキャン」も有効です。
ボディスキャンは自分の身体を観る瞑想です。
ボディスキャンを行うと身体の緊張が解れ、姿勢が矯正されます。
さらにボディスキャンは精神的ストレスを軽減する効果もあるので、痛みの改善に効果が高い瞑想です。
私がぎっくり腰を短い時間で治した時もボディスキャンを行いました。非常におススメな方法です。
このような地道な行為が、腰痛を始め身体の痛みの予防や改善をもたらしてくれるのです。薬や医者に頼りっぱなしではいけません。
急性および慢性疼痛に対するマインドフルネスや瞑想の有用性を検証した研究では、さまざまな結果が得られています。
米国医療研究・品質調査機構(Agency for Healthcare Research and Quality:AHRQ)の2020年の報告では、マインドフルネス・ストレス低減法は、腰痛の短期間(6カ月未満)の改善と関連するが、線維筋痛症の痛みは改善しないと結論づけています。
2020年にNCCIHが支援した5件の研究(成人の参加者合計514例)の解析では、急性または慢性疼痛でオピオイドを使用している人の瞑想の実践が疼痛の軽減と強く関連していることが明らかになりました。
手術や外傷、出産による痛みなどの急性疼痛は、突然起こり、短時間しか続きません。2020年の19件の研究の解析では、急性痛に対するマインドフルネスに基づく実践技法の有用性を検討し、痛みの重症度を軽減させるエビデンスは得られませんでした。しかし、同じ解析で、この実践技法が痛みに対する耐性を改善するというエビデンスも得られています。
2017年に行われた30件の研究(2,561例)の解析では、マインドフルネス瞑想は、いくつかの他の治療法よりも慢性疼痛を減少させるのに有用であることがわかりました。しかし、検討された研究は質が低いものでした。
2019年の慢性疼痛に対する治療法の比較では、慢性疼痛に対する従来の心理的介入である認知行動療法を評価した11研究(697例)、マインドフルネス・ストレス低減法を評価した4研究(280例)、両方の療法を評価した1研究(341例)の総合解析を行いました。
比較の結果、どちらのアプローチも無治療よりも痛みの強さを軽減するのに有用であることがわかりましたが、2つのアプローチの間に重要な違いがあることを示すエビデンスは得られませんでした。
2019年のレビューでは、マインドフルネスに基づくアプローチでは、頭痛の頻度、長さ、痛みの強さが減少しないことがわかりました。
しかし、このレビューの著者らは、解析に組み入れたのは5件の研究(合計185例)だけであるため、その結果は不明確であるとし、解析から得られた結論は予備的なものと考える必要があると指摘しました。